慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
MAUI Project
博士論文

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学位取得年度 2004年度
氏名 今泉 英明 (IMAIZUMI, Hideaki)
論文題目 インターネットパス制御アーキテクチャに関する研究
論文要旨

 本論文では,インターネットにおいて利用者が要求する自由な品質・種類でエンドエンドのパスを設定できるパス制御アーキテクチャに関して論じる.

 インターネットは世界中を網羅するネットワークとして非常に重要な社会インフラとなり,地理的時間的制約を越えた,人々にとって必要不可欠なコミュニケーション支援基盤となった.人々はこのインフラを用いて非常に多彩なアプリケーションを利用し社会生活を営んでいる.

 一般的にインターネットで利用されるアプリケーションを成り立たせるには,二つの要素,必要帯域と許容遅延を満たす必要がある.例えばファイル転送には遅延よりは一定の帯域が重要となり,通話を行うには帯域よりも小さい遅延が重要となる.PCクラスタリングをネットワーク経由で行うには双方に対して厳密な条件が加わる.

 近年光技術特に光波長多重(WDM)技術の進歩により,一本のファイバの利用可能な帯域が非常に広くなってきた.NECは2001年に一本のファイバに40Gbpsのチャネルを 273波通すことに成功し,10.9Tbpsもの帯域が実験レベルでは利用可能である.ルーセント・ベル研究所の試算によると一本のファイバでは100Tbpsまでの帯域が理論的に利用可能とされる.またファイバの物理的な多重によっても利用可能な帯域は倍増する.

 一方データの転送遅延に関しては,大きく物理的伝送遅延とパケット交換処理遅延の二つに分けられる.物理的伝送遅延はデータが物理的に転送されるために必要となる時間を指し,パケット交換処理遅延は各ルータにおける経路選択や出力キューにおける転送までの待ち時間を指す.一般に物理的伝送遅延が通信遅延全体の大半を占める.物理的伝送遅延には光の速度限界があり,ある始点から終点までの直線距離が絶対的最小遅延を示し,通過経路が直線距離よりも長くなればなるほど遅延は増大する.したがって電話等の許容遅延が小さいアプリケーションを広域に実現するためには,小さい遅延すなわち物理的に短い距離の経路を用いることが不可欠である.

 しかしIPに代表されるホップバイホップ型パケット交換方式のネットワークでは,特定のアプリケーションのフローに対して明示的な経路を用いることができない.この方式では,アプリケーションのフローはそれぞれ特性によって経路が決定するのではなく,ある始点と終点が決まるとその瞬間の経路が原則的に決定する.したがって,あるアプリケーションの許容遅延を満たす経路が存在するにも関わらず,それを満たさない経路が用いられる場合がある.

 様々な粒度のフローを識別し,特定の経路を明示的に用いる技術として MPLS(Multi-Protocol Label Switching)技術がある.MPLSでは回線交換方式を基本としたデータリンク技術をパケット交換ネットワークによって利用する技術である.基本的には回線交換ネットワーク上にパケット交換ネットワークを構築,自由にパスを設定し,特定のフローにそのパスを利用させる技術である.

 近年,MPLSをファイバや光波長,TDMスロットなどにも拡張した GMPLS技術が登場し,キャリア内・キャリア間において動的な光波長パスを構築する技術が ITU-T,IETF,OIF等で非常に活発に議論されている.

 更にこれらの技術を利用し,エンドエンドでパスを構築する研究が進んでいる.これらの研究の中では光波長パスだけでなく,GMPLSを含むMPLSで利用可能な様々な種類のパスをエンドエンドで構築することを目指している.

 しかしこれらの研究には大きく二つの問題点がある.一つ目は,これらの研究はMPLS技術を前提としているが,一般にMPLSは移行コストが高い点である.現状でMPLSは全てのネットワークで用いられているわけではなく,これらの研究では非MPLSネットワークに属する利用者にとっては全く恩恵が無い.二つ目は,これらの研究の主な研究対象が安定した帯域についてであり遅延に関しては考慮されていない点である.すなわち許容遅延の小さいアプリケーションが遅延の小さいパスを利用できない.

 本論文では,これら二つの問題に対して以下のような手法で解決した.

 前者の問題に対しては,経路制御システムに影響を与えない未使用アドレス空間のアドレスを用いて,特定のフローにそのアドレスを割り当て,それによって自由な経路に通過させる手法, Flow-Mapped Explicit Host Routing(FMEHR)を考案した.この手法ではMPLSのように下位層の回線交換ネットワークを必要とせずに自由にフローに対して明示的なパスを構築できる.したがって,MPLSよりも容易に移行できる.また,FMEHRを用いることで従来のパケット交換方式では扱えなかった異なる性質の多重リンクを扱い,同一ルータ列を通過する異なるリンク集合から成るパスを設定できる.これにより,耐故障性のあるリンクで構成されたパスや,そうでないリンクで構成されたパス等の異なるサービスを提供できる.このFMEHRをIPネットワークで実現する際に必要とされるフローマップ方式として, (1)出口ルータ保存型アドレス変換方式,(2)トレーラ保存型アドレス変換方式, (3)始点経路制御型アドレス変換方式,(4)トンネル方式の四つを挙げ,それぞれに関して特徴を示し,MPLSを含めて比較検討した.その結果トレーラ保存型アドレス変換方式が多くの点で優位であった.一方で,ネットワーク内部でEthernetのジャンボフレームが利用可能である等, IPv6ルーティングヘッダによる帯域へのオーバーヘッドが問題にならない場合は,移行の面から始点経路制御型アドレス変換方式が最も優位であった.

 後者の問題に対して,MPLSとFMEHRが適用されたAS(Autonomous System)間パス制御アーキテクチャを提案し,それぞれのAS内部で必要となる管理要素に関して論じた.特に重要な要素として,AS内部のグラフ情報と各リンクの伝送遅延を把握することが挙げられる.一般的にリンク・ステート型経路制御技術を用いてそれらの情報を取得するが,特にFMEHRを適用したAS内部において既存のリンク・ステート型経路制御技術を適用する場合,いくつかの問題点があった.これらを解決するために伝送遅延や利用可能帯域等の属性情報付きグラフ情報を柔軟に扱う新しいリンク・ステート型経路制御フレームワークを開発した.以下にその問題点とそれぞれに対する解決手法について示す.

 FMEHRネットワークでは特定のデータリンク技術を前提としておらず,衛星や課金リンク,同一ルータ間の多重リンクを含むネットワークとなる.既存のリンク・ステート型経路制御技術ではそのようなネットワークは想定されておらず,多重リンク,衛星や課金リンクを用いる際,制御トラフィックによる無駄な帯域消費や必要以上の課金を避けることができない.

 また,既存リンク・ステート型経路制御技術では,異なる特性ごとにそれぞれ異なるプロトコルが存在し,グラフ情報を表現する識別子も IPアドレスや NSAPアドレス,または管理者が自ら設定する識別子など,異なる場合がある. AS内部を構成する部分ネットワークごとに,その部分ネットワークの性質に合わせたリンク・ステート型経路制御プロトコルを適用した場合,それぞれでグラフ表現に用いられる識別子が異なるため,複数の部分ネットワークのグラフ情報を収集してもAS内全体ネットワークの把握が困難となる可能性がある.

 本論文ではこれらの問題に対応するため,まずリンク・ステート型経路制御技術の特徴を決める要素を整理し,上述の通りリンク・ステート型経路制御フレームワークを設計した.本フレームワークの特徴は,既存技術と異なり特定のネットワーク層プロトコルやグラフ情報を取得するためのトポロジ・ブロードキャスト・プロトコルに依存しない.その上で,それぞれの問題を以下に示す本フレームワークの構成要素を開発することで解決した.

 まず本論文では,リンク・ステート型経路制御技術が生成する制御トラフィックの大半を占めるトポロジ・ブロードキャストに注目し,多重リンクや特定のリンクへの制御トラフィック流入を回避できるGraph Configurable Topology Broadcast Protocol(GCTBP)を設計し,詳細を示した.GCTBPは本フレームワークによって選択可能なトポロジ・ブロードキャスト・プロトコルの一つとなる.二段階の優先度による特定リンクへの制御トラフィックの流入回避をシミュレーションによって評価した.その結果高優先に設定するリンクに依存し,全体収束速度を変えずに,制御トラフィックの大半を占めるリンク属性情報の変化による制御トラフィックの流入を回避できた.

 その上で,リンク・ステート型経路制御を含むグラフ表現を扱う技術が特定のネットワーク技術に特化せずに,他のネットワークへの移植性とヘテロジニアス性を向上させる技術として,プロトコル非依存な識別子を用いる仮想データリンクを定義し下位層でエミュレーションする手法を提案し,実現した.抽象的なデータリンクへの仮想化に伴うオーバーヘッドを測定したところ,小さく許容可能であった.

 最後に,本フレームワークで最も重要な構成要素である,管理者が対象ネットワークに合わせて自由にトポロジ・ブロードキャスト・プロトコルを選択可能なミドルウェアを設計,実現し,上位アプリケーションへのAPIについて論じた.ミドルウェア化に伴うオーバーヘッドを計測したところ,性能に影響を与える程大きくは無かった.

 結論として,本論文ではパケット交換方式と回線交換方式が融合する次世代インターネットにおいて特に要求される遅延に注目し,現状のMPLS技術よりも容易にパスを構成できる技術FMEHRを考案し,インターネット全体で利用者が自由に求める品質・種類のエンドエンドのパスを自由に設定可能なパス制御アーキテクチャを提案した.また,本アーキテクチャを実現する際にFMEHRが適用されたAS内部で必要とされる技術と問題点に関して議論し,特にリンク・ステート型経路制御技術の高度化によってそれらの問題点を解決した.以上により,本論文は今後より高度化するインターネットを利用した遠隔協調作業の可能性を広げることに貢献した.

連絡先 本文が必要な場合は下記までご連絡ください。
今泉 英明 (hiddy@sfc.wide.ad.jp )


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